なぜ理学療法士の僕が子育て支援を始めたのか〜自己肯定感を育てることの大切さ〜

こんにちは。ささやんです。

本日は前回の記事に引き続き、なぜ理学療法士の僕が子育て支援の活動を始めたのかについて紹介したいと思います。

前回は「運動機能」にフォーカスしながら、理学療法士としての専門性が発達支援にどのように繋がっていくのかを書かせていただきました。
運動機能と発達は切っても切れない関係ですし、イメージしやすい理由であったかもしれませんね。運動機能の専門性を活かした運動発達の支援…本当に必要だと思っています。

しかし本日話す理由は一見、前回のような「理学療法士の専門性のど真ん中」と言った感じではないかもしれません。でも、やはり僕が整形外科で理学療法士として働く中で気づかされたこと、勉強を深めたことで感じた問題意識にフォーカスして紹介したいと思います。

おそらく、運動発達の支援以上に僕はこっちの方が大切だと思っているし、力を入れて取り組みたい課題でもあるのです。

 

慢性疼痛の心理社会的背景

整形外科に通われる患者さんは「痛み」を主訴とすることが多いのですが、その「痛み」の原因というのは専門的に分けて「侵害受容性」「神経障害性」「心理社会的」の3つに分けられ、これらは綺麗に分類できるのではなく、個々の中で混在し、グラデーションのようにかけ合わさっているとイメージしていただけると良いでしょう。

痛みのモデル図。慢性疼痛ガイドライン(http://itami-net.or.jp/guideline-j.pdf)から引用転載

侵害受容性疼痛というのは、関節や筋肉などの組織にストレスがかかることで、組織の損傷や炎症などが起こって生じる痛みのことです。このような痛みは、損傷部位に負荷のかからないように安静にしたり、また姿勢や動き方を改善させることで治っていくことが多々有ると感じています。

過去の記事(怪我の原因は何なのか?)などでお伝えしているような「背骨を支える機能が弱い」ことによって生じる痛みの多くは、こうした侵害受容性疼痛に分類されます。

次に神経障害性疼痛ですが、これは疾患などの影響で神経そのものに痛みの原因があるもの。例えば帯状疱疹や脊髄損傷、顔面神経痛などがそこに含まれます。

そして今回の話のキーポイントになるのが3つめの「心理社会的」というもの。
「病は気から」とか「痛いのは気持ちの問題だ」という言葉を昔から聞いたりしますが、これらはあながち間違っていないこともあるのです(だから気持ちを強く持てば治るというような単純な話ではありませんが)

そもそも痛みの定義って知っていますか?

痛みとは・・・

「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」

と国際疼痛学会 (ISAP)から定義されています。(日本疼痛学会翻訳)
痛みの定義は組織損傷だけではなく、体験でもあるのです。

定義にはさらに付記として(ちょっと長いので読みにくかったらゴメンなさい)

・痛みは常に個人的な経験であり、生物学的、心理的、社会的要因によって様々な程度で影響を受けます。
・痛みと侵害受容は異なる現象です。 感覚ニューロンの活動だけから痛みの存在を推測することはできません。
・個人は人生での経験を通じて、痛みの概念を学びます。
・痛みを経験しているという人の訴えは重んじられるべきです。
・痛みは通常、適応的な役割を果たしますが、その一方で身体機能や社会的および心理的な健康に悪影響を及ぼすこともあります。
・言葉による表出は、痛みを表すいくつかの行動の1つにすぎません。コミュニケーションが不可能であることは、ヒトあるいはヒト以外の動物が痛みを経験 している可能性を否定するものではありません。

と記載されています。

少し難しいですかね?でもなんとなく「痛み≠組織損傷」ということは伝わりましたか?

痛みというのは以前の記事(怪我の原因は何なのか?)で紹介したような外傷や障害の機序からのみ起こるのではないのですね。心理的な不安や不快な体験が痛みに影響するというのが、もう科学的に分かっているのです。

仙波先生の論文などを参考に、脳内で何が起きているのかを簡単にザックリ説明すると・・
脳の中の前帯状回、島皮質、前頭前皮質などの部位は痛みを感じる時にも、そしてストレスを感じる時にも活性化する部位です。そのためストレスを感じた時に「痛み」としてそれを認識してしまうといったことが起こるということ。

また人は痛みを抑制するような神経の信号が送られているのですが(下行性疼痛抑制系と言います)、不安やストレスを感じると、人はこうした痛みを抑えるような働きのある神経伝達物質が分泌されなくなることが分かっています。

ここでは分かりやすさを優先してザックリとしか書きませんが、なんとなくでも心の問題が痛みに影響しているということがお分かりいただけましたでしょうか?

これが僕が整形外科で働いているのに「心の問題」に大きく関心を持った理由でもあります。

では心の問題にはどういったことが背景に隠れているのか?そんなことも一部簡単に解説していきます。

 

ストレス対処能力と愛着形成

ストレスの原因となる出来事や物事を「ストレッサー」と言いますが、同じ出来事を経験しても、人によってそれをストレスに感じる人と感じない人がいます。
そう考えると、「ストレッサー=ストレス」なのではなく「ストレッサー⇨〇〇⇨ストレス」という図式が成り立つことが考えられますよね。

この〇〇には何が入るのか?それが以前もこちらの記事(幼少期から育てたい首尾一貫感覚)で紹介したような、ストレス対処能力(SOC)というものです。

SOCは幼少期の親子関係が重要であることが分かっています。愛着形成などですね。
愛着形成に関してもこれまでにいくつか記事を書かせていただいていますが、親子関係によっては子どもの脳に次のような構造的変化が起こることが分かっています。

・暴言虐待を受けた子は、脳の聴覚野が肥大している
・DVを目撃した子は、脳の視覚野が萎縮している
・厳格な体罰を受けてきた子は、前頭前野が萎縮している
・愛着障害のある子は、線条体の機能低下が見られる
友田.2016

またラットを使った研究ですが、遺伝的要素とは関係なく親から舐めてもらったり毛づくろいをしてもらったラットの方が、ストレス反応を受け止める受容体の発現が有意に高かったとの報告があります。(藤原.2008)

これをそのまま人間に置き換えられるわけではありませんが、人間に置き換えれば親が子へのケアを頻繁にするほど遺伝子が修飾され、ストレス反応をより抑える能力をもった子どもに育つという可能性も考えられるのではないでしょうか?(倫理的にヒトに対して研究できないので、あくまでもラットの研究からの示唆となります)

 

つまり僕が何を言いたいのかというと、ストレス対処能力を高めるには親子関係(愛着形成)が重要なのではないかということ。そして親子関係に問題がなければ、ストレス対処能力も高まりやすいですし、将来的には痛みに対して悪影響を及ぼすような心理的要因を減らせるのではないかと考えているのです。

 

それに愛着形成が重要な理由は、ストレス対処能力はもちろん「自己肯定感」や「自己効力感」の形成にも大きく関与するというのも重要だと思っております。

 

自分をコントロールする力

以前「非認知能力は健康格差を解消するキーになるのか」という記事を書かせていただきましたが、非認知能力という能力は「自分をコントロールする力」として非常に関心が寄せられています。

 

自分をコントロールする力は「自己肯定感」や「自己効力感」などの「自分は存在する価値がある」「自分には可能性がある」という心の状態が基盤となり、自分で自分を律すること、目標を立てて努力を継続することができる能力のことです。これらを総称して非認知能力と言ったりします。

 

そして、この非認知能力の基盤となるのが、やはり愛着形成です。
愛着形成されることで、子どもは「自分は存在しているだけで価値がある」という自己肯定感を育み、そして自分自身の人生を自分で責任を持って歩み始めることができます。

自分をコントロールする能力が高い人は
・健康行動がとれる(健康のために生活を選択できる)
・指示された治療を継続できる(食事制限や運動の継続などができる)
と言うように、健康的側面・医療現場の例を考えても非常に重要な資質であると考えます。

より細かいことは過去の記事をお読みいただきたいのですが、愛着形成がなされることで
・自分をコントロールする能力が育まれる
・ストレス対処能力が高まる
という資質が育まれやすくなると考えています。

 

では、愛着形成にはどのようなことが重要なのか?
それは「親の余裕」が何より大切であると思うのです。

どんなに我が子が可愛くても、心に余裕がなければ子どもと真摯に向き合うことも難しくなってしまうものです。

世の中の悲しい事件(虐待やネグレクト)なども、親が子を愛していないわけではないのです。愛しているけれど、心に余裕がない結果このような関しい結末を迎えてしまう事件も多々あるのです。

こうした理由から、僕は「子育て支援」を通して、ママさんの不安を解消して心の余裕を作り出したい、また逆境的な環境にいる子どもと直接関わる機会があったならば、信頼できる地域の大人として存在していたい。

子どものストレス対処能力や非認知能力を育むことで、生涯自分らしく過ごせるようになってほしい。そんな思いから、子育て支援の活動をしています。

 

前回の話と、今回の記事の話。

大きく分けて2つの理由から、僕は子育て支援をしているのです。
そのきっかけはどちらも整形外科で「痛み」と対峙してきた経験です。

幼少期にカラダの問題、心の問題が、将来どのような形で痛みとして現れてくるのか?
その現場で働いてきたからこそ、早めに手を打てることでより良い未来につなげていきたいと考えています。

 

 

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