あけましておめでとう2019

気付けば年が明けていて

気付けば1日、また1日と時間だけが過ぎていく。

そう。もう1月も下旬に差し掛かっていますが。
今僕はここに「今年の目標」とやらを書き綴っていこうと思っている。いや、本当は元旦にやろうと思っていたんです。

年明け早々、そんな怠け者の僕を叱ってくれる人はもういない。オジサンね、もう32歳になるの。

 

しかし一つ、言い訳を言わせてください!

まずはじめに僕が言いたいのは、年が明けて新年の目標を述べる習慣も一部の日本人にはあると思うけれど、僕の中で「一年間」というサイクルは4月1日から数えるべきだと。

だいたい学生の頃から環境が変わる時期というのは4月1日だ。入学したり、進級したり、入社したり、職場の体制が変わったり、結婚したり、お花見したり、集団行動をしたり。だいたい4月だ。

そのため一年間というサイクルで物事を考えたり目標を立てたり、過ぎ去ったこの一年間を振り返ったりする場合、一番良い時期は「年度が変わる時」つまり「4月」である。

 

しかしこの提案が当てはまらない人が当然いる。

帰国子女だ。

年度始まりは国によって異なる。
オーストラリアは1月だし、お隣韓国は3月。
そしてアメリカやイギリスをはじめとする多くの国は9月であり、国によって年度が変わるタイミングは共通ではない。

日本で生まれ育った僕のような大多数の人間には4月というのも一つの区切りにしやすいけれど、オスマンサンコンさんを筆頭にしたグローバルな方々は決して4月1日に思い入れがない。

 

じゃあどうするか?

 

いや、それはもうホント個々の経験だとか教育だとか文化でも考え方は異なるのだから、好きにすればいいんじゃないかと!

そもそも考えるのは「自分の事」なのだから、自分が主体的に決めていく。
目標なんて、立てたい時が立て時なのであーる。

 

ということで、僕は今日やっているわけです!!
はい。言い訳です。長々と書いてきたこれまでの文章は、ただの言い訳です。まぁ最初に「言い訳を言わしてください」と懇願したしね。許してください。

 

 

ということで改めて今ここで、今年の目標とやらを考えてみることにする。

 

ここ数年、血迷った自分

思えばここ数年は、あまり具体的な目標を立てずに生活していたように思う。

昔はよく目標を立てていた。自己啓発書に触発されながら、具体的な目標を立てて実際に行動していた。

しかしある時ふと思った。「昔立てたあの目標は、今になり考えるとあまり意味がなかったんじゃないか」と。当時の計画は全然その通りには進んでいない。当時は計画通りに目標を達成できたと思っていても、今振り返ると「計画通り」に何の意味があるのか?と。

これは計画自体が行き当たりばったりであったからというわけじゃなく、自分の視点が変わったからである。

人間は視点が変わる。
「目標」というのは、ある観点から決定するものである。
その「ある観点」というのは、その時の自分の観点ということであり、自分次第で目標はいくらでも変わってしまうということ。

 

それに気付いた時、なぜか僕は「目標立てて計画立てるよりも、あえて目標などを立てずに時の流れに身を任せて、感性の赴くままに行動を選択しよう」と思った。

 

その結果、どうなったか・・・

 

見ての通り、どうにもなっておりません・・
どうにもなっていない31歳のオッサンがここにいるのです!(深刻!)

 

 

本当は、後から振り返って「あの時の目標は今と違う。あの時の計画や努力は無駄だったな」なんて思う必要は全くないんですよね。

 

なぜなら自分の視点が変わったから目標が変わったのであり、自分の視点が変わったということそのものが非常に重要な変化だからです。

 

こんな高校生でもわかるような当たり前のことに気づいた、来週32歳になるオッサンです。(誕生日プレゼントは受け付けております)

 

 

なぜ目標を立てるのか?

 

先ほど書いたように、「目標」というのはある観点から定めるものであるから、自分が変われば目標も変わる。

であるならば、そんな自分をどのように育てるか?というものを考え出すと、それには結局「目標を立てて、そのために困難なことに取り組む」ことが非常に重要なわけですね。

目標というのは軸(行動指針)になります。いわば「型」になるわけですね。
よく空手なども「型」があります。「型」があるからこそ何を意識して取り組むのかが分かるし、型があるからこそ自分自身の動きの癖や弱点なども分かるわけです。

昨今はよく「型にはまるな!」というような意見も聞きますが、型にハマらなければ見えるものも見えてきません。「型」にハマろうとしてもハマらない部分。それが個性の原型であり、自分の長所または短所でもあるのでしょう。

つまり「目標」という行動指針(型)を決めることで、自分というものが見えてくることも多々あるはず。立てた目標を達成できなければ、それが自分ということ。

だから今年はまた改めて具体的な目標を立てながら行動をしていき、時に挫折し、自分というものを知っていこうと思います。

 

目標の立て方

 

それじゃあ本題。目標はどうやって立てていけば良いのでしょうか?

一般的に考えれば、将来の夢や長期的な目標に向かって必要な要素を抽出して、現段階における達成可能なレベルに設定して今年の目標にすれば良いわけですね。

しかしその「将来の夢」とか「長期的な目標」というものを見つけられないという人も多いのが現代の若者に多い悩みです。自由ゆえの悩み。贅沢!!

それに先ほどから言っているように、自分の視点が変われば夢や目標も変わるでしょう。
であるならば、「とりあえずなんでもいいから目標を立てるのがいい」というのが、極論のように聞こえるかもしれませんが、一つの答えになります。

 

「自分の人生」とか「生きる意味とは」みたいなことを考えたことが誰もが一度くらいはあるでしょうけど、僕自身は「自分をどう成長させるか?」というのを一つの楽しみとして取り組んでいくことが、人生の面白みだと思うのです。

成長というのは何かができるようになることではなく、できないことができるようになるまでの工夫を重ねた経験や、そこで培われた思考そのものが自身の血肉になり、成長に繋がると思います。

 

なので目標を立てるときには以下の2つが大切だと。

・今の自分にとって困難なこと

・取り組んでいて楽しいこと

 

自分にとって困難なことに取り組まなければ工夫が生まれないので得るものも少なくなります。なので困難なものを設定することが大切。

そして人にはそれぞれ理性では理解できない「快」「不快」の感情があります。人生は有限ですから「不快」なことに時間を奪われる必要はないと思います。

やっていて楽しいこと。今はできないけれど、できるようになりたいこと。
当たり前のようなことを書いていますが、重要なのは目標に「意味」を求めすぎないことかなと思っています。意味というのも結局は解釈の問題なので、自分の視点が変われば変化します。

 

2019年の目標

 

ということで2019年の私、ささやんの目標は・・・

・研究して学会発表2本!

・院内で保険外事業を開始する!

・NPO法人presentsにて横浜地域で定期的に人が集まる場作り(ワークショップ)を開催

・子供向けの教室を開始(横浜、足立にて)

・このサイトの記事を月に10記事あげる(2月からね!笑)

・英語の勉強(英論文を月に1本読む。街にいる外国人に話しかけて友達になる)

・筋トレ(基本的なコアスタビリティを高めつつ、体重67kgを目指す)

・読書(ノートにメモ)

 

色々と書きましたが、今年はこのあたりを意識的に取り組んでいきます!!

これらに組むことで、来年・再来年のさらなる活動の選択肢を広げられるようにします。今年は準備期間!!

 

道端で僕を見かけたら、英語で話しかけてください。

プロテインを分け与えて下さい。

 

みなさま本年もどうぞよろしくお願い致します。

 

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