非認知能力は健康格差を解消するキーになるのか

生まれた時の身長や体重、または成育環境が将来の疾病リスクになっている。そんなことが明らかになりつつあると、以前の記事(子どもの貧困と健康格差について考える〜生まれた時から子どもの健康は決まってしまうのか?〜)で紹介してきました。

ここで大事なのは「リスクと因果関係は異なる」ということ。
リスクがあるから疾病を生じるのではなくて、リスクが蓄積したりリスクが連鎖することで疾病は生じると考えるのが妥当です。

例えばこんな具合

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これは様々なリスクが蓄積することで疾病を発症するというモデルです。(参考文献:Kuh D.A Life Course Approach to Chronic Disease Epidemiology)

例え低出生体重児として生まれて「太りやすい体質」があったとしても、それで疾病は発症しません。

そういった体質だけでなく「喫煙習慣がある」とか「運動不足がある」などといったその他の生活習慣がその後の人生で加わることでリスク因子が蓄積し、疾病を発症するというモデルです。

 

また別にこのようなモデルもあります。

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これは「貧困」という大きな因子から「食事が取れないことによる低栄養」や「自身の状況に対する否定的感情からの自己肯定感の欠如」「家庭内でのタバコの副流煙」や「自身の環境に対するストレスからの喫煙習慣」など、一つの因子からいくつものリスク因子が派生するように生じることで、それらが蓄積して疾病を発症するということ。

どちらにしても生まれた時の状況や環境はリスクの1つであることはこれまでにも紹介していますが、それは疾病の原因ではありません。それ単体で疾患を引き起こすわけではないのです。

新型コロナウィルスの肺炎で亡くなる方の多くは基礎疾患があるということが最近では耳にします。これも見方によってはリスクの蓄積とも言えます。「喫煙=肺炎」でもなければ「ウィルス感染=肺炎」でもなく、複数のリスク因子が重なった結果重度の肺炎を発症してしまったと捉えられます。

大切なのは「リスク因子」があったとしても、それ以外の因子を増やさないこと。「リスクゼロ」は困難であり、むしろそれを目指してしまえば精神的に病むと思います。生きていけません。

しかし極力「自身の特徴を知った上で、リスクを減らす工夫」は大切になるのかなというのが現時点での僕の考え(あくまでも疾病にならないようにというのを前提に考えた場合にです)

リスクを減らす工夫ができるようになる。それは具体的に言えば「運動習慣をつける」とか「食生活を正す」と言ったもの。そんなことを当たり前に習慣にするために重要なポイントだと考えるのが以下の2つです。

・非認知能力

・ソーシャルキャピタル

ということで、本日と次回に分けてこれらについて紹介していこうと思います。まず本日は「非認知能力」について。

当たり前のことを当たり前にする?

「当たり前を習慣に」と言われても、人それぞれ当たり前の基準は異なりますよね。なので僕自身は「当たり前」という言葉は好きではありませんが、ここでは一般的に言われている「睡眠を規則正しくする」とか「食生活を整える」とか「運動習慣をつける」というような、それをやっておいた方が健康的に過ごせるということが前々から言われ続けていることを「当たり前のこと」と規定しておきますね。

人間には様々な認知バイアスがあります。認知バイアスというのは人間が陥りやすい思考の偏りのこと。その中で「現在志向バイアス」というものをここでご紹介します。

現在志向バイアスとは、未来の利益よりも目先の利益を優先させてしまう心理のことです。例えば「ダイエットをしようと思っているのに、目の前のお菓子をつい食べてしまう」とか「貯金しようと思っているのに、給料日に飲みに行って使ってしまった」というようなこと。冷静に考えればコントロールできるものを、つい目先の利益に負けて自分をコントロールできずに誤った選択をしてしまうことです。

こういった「自分をコントロールする能力」というのを、幼児教育などの分野では非認知能力と言ったりします。この非認知能力は数年前から幼児教育界ではトピックになっています。

多くの人はIQとか学力偏差値といった言葉を聞いたことがあると思います。これらは基本的に数値化できる「認知的スキル」と言われるもの。

それに対して非認知能力というものがさすのは数値化できないものです。
・忍耐力
・自信
・真面目さ
・社交性

などの、自分をコントロールする力のことを言います。

この能力に注目が集まっている背景に、ノーベル経済学賞を受賞したヘックマンが「アメリカの社会格差を解決するためのキーとなるのが非認知能力である」と言及したことがあると言われています。

ヘックマンが行ったペリー就学前計画という有名な介入研究。この研究ではアフリカの貧困層を対象にした40年間の追跡調査を行った結果、学力とは関係なく非認知能力の高い子どもの方が、将来の年収や持ち家率が高く、犯罪率が低く、生活保護受給率が低いということが報告されました。(https://highscope.org/perry-preschool-project/

なぜ学力よりも非認知能力の方が将来に影響するのだろうか?
それは、非認知能力というのは学力にも関係するもっと人間の根幹を成す能力だからです。

先ほども書いたように、非認知能力とは自分をコントロールする力。つまり何かしらの目標を達成するために、自分自身の選択をコントロールする力のことです。

目標のために優先順位をつけて習慣をコントロールする。

目標のために欲求や感情をコントロールする。

こうした能力が幼児期にどれほど発達しているか?それがその後の人生に大きな影響を与えるということが様々な分野の研究から報告されているのです。

例えば非認知能力が高い人は、低い人と比べて
・循環器疾患、肥満、性感染症、歯周病のリスクが低い
・ニコチン依存や薬物依存のリスクが低い
・年収、社会的地位が高い
・犯罪率や離婚率が低い

というような、学力、健康面、犯罪などにも大きく関わるような差があると報告があります。

幼児期の非認知能力の差で、これだけの将来の差が生じるというのは非常に興味深いです。しかしよくイメージしてみてください。先ほど紹介したような「ダイエットをしようと思っているのに、目の前のお菓子をつい食べてしまう」とか「貯金しようと思っているのに、給料日に飲みに行って使ってしまった」という話を。

誘惑に負けてお菓子を食べ続けるような選択は、その後の健康状態に差を作ることが想像できますよね。
貯金しなければならないのについ使ってしまうという選択は、その後の経済状況などにも差を作ることが想像できますよね。

このように具体例を考えると納得もできると思いますが、それほど人生に多大な影響を及ぼす非認知能力。
では、どうすればそういった非認知能力を育むことができるのでしょうか?何によって非認知能力の差が生じてしまうのでしょうか?

非認知能力を育む

非認知能力について詳しく紹介していきます。
非認知能力は4〜5歳頃に著しく発達すると言われています。

この時期は脳でいう前頭葉・前頭前野の発達が著しい時期。この前頭前野の機能が非認知能力に密接に関係していると言われています。

前頭前野の機能というのは一言で言えば「人間らしさ」であり、動物と人間の違いが最も著明なところ。感情にブレーキをかける機能であり、思考場面で働く機能です。

前頭前野の機能が未熟だと感情にブレーキをかけられず、思春期や青年期に自身の衝動をコントロールできなくなると言われています(青年期は報酬系の活動が高まり、欲求に負けて暴走しがちになる時期)
その結果、自分をコントロールできずに人間関係に亀裂が入ったり、衝動的に犯罪を犯したり、生活習慣が乱れたり、学業を疎かにするなどの行動に繋がります。それが将来の健康や学業、収入などに大きく影響するわけですから、やはり非認知能力というのは大切ですね。
(※非認知能力は何歳になっても育むことができます。昔ヤンチャだったのに随分と丸くなった!という人は、ヤンチャしてた頃に同時にブレーキとしての前頭前野の機能も発達したのかもしれませんね)

脳科学的にはこう言った背景もわかってきていますが、実際に非認知能力を育てるためには具体的に幼少期にどういったことを行えば良いのでしょうか?どのような関わりが必要なのでしょうか?

ポール・タフさんの「HELPING CHILDREN」という有名な書籍にはこのような言葉が載っています。

「非認知能力は教えて身につくものではない。環境の産物なのだ。」

そうです。非認知能力を育むには教育よりも環境が重要であり、特に家庭環境の重要性が紹介されています。

非認知能力と家庭環境

非認知能力を育むための環境として、まず最も避けたいのがストレスです。
ストレスは悪いというイメージを皆さんはお持ちかもしれませんが、ストレスは必要なものです。ストレスがあるから人はそれに適応して強く成長していきます。

しかし、恒常的にストレス環境下にあるのは良くありません。特に幼少期の逆境的な環境は脳へのダメージも大きいことが分かってきています。

そしてそれは生まれる前の胎児の時から始まっている可能性も示唆されています。まだ生まれる前の母親のお腹の中にいるときの「母親のストレス」が胎児の脳の発達に影響するのではないかとの見方があるのです。
ラットを使った研究ですが、母親のラットをストレス環境下においた研究では、生まれてきた赤ちゃんラットの前頭前野の発達に影響するとの報告があります(あくまでもラットの研究ですが)

こうした生まれる前からの影響にも驚きますが、子どもの心理的な発達において最重要なのが幼少期の愛着形成です。これはもう本当に日頃から高齢者と接していても感じさせられるくらい、一生涯を通して影響し続けるものなのだろうなと思わされます。

愛着とは情緒的な結びつきのことを指します。子どもが甘えられる環境、「自分が守られていると感じれる心理的安全」を作ることが最重要です。
この愛着形成は実親とでなくとも、保育士さんでも里親でも形成することはできます。様々な理由から実親と離れる状況である子もいるかもしれませんが、養育者がしっかり子どもと向き合い関わり合えれば、子どもに取っての心理的安全は確保されます。

反対に甘えられない環境は、実親出会っても子どもにとって大きなストレスとなります。
世界各地の様々な研究報告からも「両親の夫婦仲が悪い」「親の精神状態が良好でない」「育児放棄や虐待などがある」など、子どもが甘えられないと脳の発達にも影響が出るということがわかっています。
例えば、1歳以下の赤ちゃんが寝ている間に親が口論をすると、赤ちゃんの脳がストレスを受けるというような研究報告もあります。

赤ちゃんは自分の感情をまだ自分一人ではコントロールできません。養育者との関係を築きながらコントロールしていくことを覚えていきます。「自分をコントロールする力」を育むためには、まず誰かと感情をコントロールできる環境が大切になるわけですね。

しかし家庭事情というのは本当に複雑で様々な問題が絡んでいることが多いものです。単純に「子どもを愛してあげてください」と言っても、本当に必要な層には届きません。この記事を読んでいる方にはそれで良いと思いますが、複雑な環境の人には届かないと感じています。

なのでこの記事は、周囲の大人に届いて欲しいなと考えて書いています。
あなたの近所のお子さんが、親戚のお子さんが、仕事で関わるお子さんが、そして自身の子どものクラスメートのお子さんが、こう言った逆境的な環境で育っていることも十分に考えられるわけです。

非認知能力を育てるには、愛着形成をはじめ子どもを支援することはもちろん、広く見ればその家庭(親)の支援も必要でしょう。

子どもを育てるには「子どもを取り巻く環境」をいかに整備するか?というのが、非常に重要なテーマになってきます。私たち大人がみんなで「子ども」を育てていくことが重要です。近所のおっちゃんでも、友達の母ちゃんでも、「その子」のためにできることはあります。

「子どもを地域で育てる」

これが僕の現在取り組みたいと思っていること。
子どもの生まれ持った環境に関係なく、地域の大人が協力して環境を整備していけば、その子の将来の健康や学力などを支援することはできると思うんです。

ということで、次回はソーシャルキャピタルについて紹介していこうと思います。

 

参考書籍

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