子育てとソーシャルキャピタル〜人との繋がりが大切な理由〜

前回の記事(非認知能力は健康格差を解消するキーになるのか)は、いわゆる生活習慣病などは生活習慣を正していく事が予防の上で重要であるけれど、「そうは言ってもそれが簡単じゃないんだよね〜」というのが実際のところという話をしました。

そして「当たり前の事を当たり前にできる」ために大切なのは非認知能力なのではないか?という事を書いた。非認知能力を高めるには愛着形成によって心の安全基地を作ることが大切で、そのためには子どもはもちろん、お母さんのサポートなどがとても大切になりますよねっていう話を今日は書いていきたい。

 

孤育てを防ぐこと。

非認知能力を育てるには、愛着形成をはじめ子どもを支援することはもちろん、広く見ればその家庭(親)の支援も必要でしょう。
子どもを育てるには「子どもを取り巻く環境」をいかに整備するか?というのが、非常に重要なテーマになってきます。私たち大人がみんなで「子ども」を育てていくことが重要です。近所のおっちゃんでも、友達の母ちゃんでも、「その子」のためにできることはあります。

これが前回の記事の終わりに書いた言葉。

書いてある通りなのだけど、「子どもを取り巻く環境」をどのように整備するか?というのが非常に重要と考えています。

愛着形成というのがその子の将来に大きく影響する因子であることは間違いないのですが、その愛着が育まれないような逆境的な環境というのは数々の問題を背景に抱えているのです。

例えばお母さんがシングルマザーで昼夜問わず働きに行かなければならなかったり、自宅に愛人を連れ込んでいてその愛人から子どもが直接暴力を受けていたり。

父親の母親に対するDVがひどく子どものしつけを厳しく指摘されたことによって、心理的な焦燥感などから「しつけ」という名の暴力を母親から受けていたり、など様々なケースがあるということ。

虐待事件の報道は後を絶ちませんが、報道されるものは全て死亡事件となってからのものばかりであり氷山の一角。潜在的にはもっと身近に虐待やネグレクトは存在しており、ニュースの向こう側の話ではありません。

また虐待やネグレクトなど親として決して許され難い行為をしているので「親が100%悪い!」と考えてしまいがちですが、その考えこそが自己責任論であり何も解決には繋がらない思考でもあるのです。

親の行動にも必ず背景があります。
子どもを育てるのは決して容易いことではありません。
夫婦がいて、祖父母がいて、地域に知人がいて、ソーシャルサポートがあって・・・
それが当たり前の環境であると実感できる方であっても、大変だと感じるもの。だけど社会にはそんな人との繋がりが当たり前でない人もいるのです。

養育者や子どもと、社会との繋がり。
決して親御さんだけに負担をかけずに社会で協力していく。それこそが子どもを傷つけず、愛情を感じながら健全に育っていくのに大切なことなのではないかと思うのです。

ソーシャル・キャピタルとは

ソーシャル・キャピタルという言葉を聞いたことはありますか?

人々の協調行動を活発にすることによって、社会の効率性を高めることのできる、 「信頼」「規範」「ネットワーク」といった社会組織の特徴
物的資本 (Physical Capital) や人的資本 (Human Capital) などと並ぶ新しい概念 (参考) 人的資本は、教育によってもたらされるスキル・資質・知識のストックを表す個人の属性

という定義がアメリカの政治学者、ロバート・パットナムによってされています。

いまいちパッと分かりにくいかもしれませんし、僕もまだ完璧に理解しているわけではありませんが・・・

日本におけるソーシャル・キャピタルについてわかりやすく言うと
1.つき合い・交流
2.他者との信頼関係
3.社会参加

の程度や状況のことであり、それぞれの具他的な中身とは

1.【つきあい・交流】
・隣近所とのつきあいの程度
・隣近所とつきあっている人の数
・友人・知人とのつきあいの頻度
・親戚とのつきあいの頻度
・スポーツ・趣味・娯楽活動への参加状況

2.【他者との信頼関係】
・一般的な人への信頼
・近所の人々への信頼度
・友人・知人への信頼度
・親戚への信頼度

3.【社会参加】
・地縁的な活動への参加状況
・ボランティア活動者率
・人口一人当たり共同募金額

これらの数値からソーシャル・キャピタルの指数を割り出せるとのこと。(厚生労働省 ソーシャルキャピタルスライドより

つまり「人付き合いが多い」とか「信頼できる人間がいる」とか「地域で活動している」という人ほどソーシャル・キャピタルが高いと言えます。

そしてこのソーシャル・キャピタル指数が高いほど、特殊出生率が高いという正の相関があることも内閣府のデータから示されています。

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資料出所:内閣府「ソーシャル・キャピタル」豊かな人間関係と市民活動の好循環を求めて」2003年より引用

ソーシャル・キャピタルは出産の意思を促進させるという報告がある。つまり社会的な人との繋がりがあることが、子どもを育てる上で必要だと多くの人が潜在的に感じているということなのでしょう。

それは母親の両親が近くにいるかなどの親族の支援はもちろん
子育てサロンなどの地域での参加の場の充実
学童保育や保育園の充実などの子どもを安心して預けられる場があることも重要です。

実際に今の日本社会には保育園の待機児童問題がある。
これでは安心して子どもを生み、育てることなど可能ではないかもしれない。

待機児童の軽減やソーシャル・キャピタルの充実は政策として本格的に取り組んでもらうことが必要である。それと同時に、政治だけに頼らずに地域で実際に暮らす僕らが、自分たちの手でそう言った繋がりを地域を生み出すことも必要だと思うのです。

子どもは地域で育てる

現在の日本の家族を取り巻く環境は「核家族化」「女性の社会進出」など、昭和の時代とは単純に比較できない大きな変化が起きている。

日中は家に誰もいない状況。そんな状況で近所付き合いが希薄化するのは必然でしょう。買い物は商店街から大型スーパーやコンビニへ。「おかず作りすぎちゃったから食べて」なんていう関係性は今やドラマの中だけの話であるのです。

2000年代になるとネットの普及、SNS時代において人々の帰属意識というのは地域コミュニティから広がり、ネット世界の中に自分の居場所を求めるようになりました。

2004年にmixi、アメブロ、FC2ブログが登場。2008年にFacebookとTwitterが登場し、LINEが2011年、instagramが2014年と続々とSNSがリリース。

そう言った変化に伴い、非常に多くの恩恵が生まれています。
現実世界に居場所を見出せなかった人の心の拠り所ができたり、物理的な距離を超えた繋がりというものが沢山生まれてきたのです。

僕自身もこう言ったテクノロジーの進化のおかげで、日本各地に友人ができた。どこかに旅をすれば、その地で人が会いに来てくれる。会ったことがない人でも、初めて会うときにはすでに古くからの友人のような、そんな不思議な気持ちにさせてくれる。
これは本当に嬉しいことだし、時代の恩恵であると感じています。

そう言った目に見えてわかる変化に伴い、多くの目に見えにくい問題も増えてきているのが事実。良くも悪くも時代の変化に伴い様々な現象に変化が起きているのです。

その一つにシングルマザー家庭を中心に、表面化してきている問題として「子育ての孤立化=孤育て」があるのではないでしょうか。

健康の社会決定要因(SDH)で語られるような問題の中で、この孤育てが影響している側面は多分にある。

幼少期に親からの愛情を受けること。また親でなくとも親戚や地域の人から沢山可愛がられて育つこと。愛情を経験し愛着形成していくことで、人は心に安全基地を作り、自己肯定感を育んでいくもの。

自己肯定感が育まれることで、自分自身の存在を認め、自分の可能性に希望を持ち、自己効力感を育みながら学業や運動に精を出して努力し続けられる人間になる。

そのような自分をコントロールする力が育まれれば、健康的な側面にも経済的な側面にも良い影響を限りなく受けられるでしょう。これが前回の記事でも紹介したような、非認知能力の育ちなのです。

前回の最後に、そして今回の記事の冒頭に書いた言葉。

非認知能力を育てるには、愛着形成をはじめ子どもを支援することはもちろん、広く見ればその家庭(親)の支援も必要でしょう。
子どもを育てるには「子どもを取り巻く環境」をいかに整備するか?というのが、非常に重要なテーマになってきます。私たち大人がみんなで「子ども」を育てていくことが重要です。近所のおっちゃんでも、友達の母ちゃんでも、「その子」のためにできることはあります。

つまり、ソーシャル・キャピタルとしての「隣近所との付き合い」「一般の人への信頼」というところは、地域住民の主体である僕ら一人一人の存在に依存するということ。そしてここには無限の可能性があり、古き良き時代の日本にかつて存在したものでもあると考えるのです。

1950年代頃まで、日本においても近所付き合いは濃厚でした。
近所の家にしょっちゅう出入りしたり、おすそ分けしたり、近所の人というのはみな顔見知りだった。

また各家庭は大家族であり、家には赤ちゃんからじぃじばぁばまで3世代が一緒に暮らすサザエさん一家がノーマルであった。

それが時代の変化に伴い、東京の一都市集中、商店街の衰退とスーパーやコンビニの普及、人口増加に伴う住宅構造の変化、都市部への人口の流入が盛んになったり、市町村合併や進学などで地元への帰属意識の希薄化など、様々な要因が相まって、核家族が増えて近所付き合いが失われていった。

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厚生労働白書2018より引用

お節介という言葉がありますが、この言葉に対するイメージをみなさんはどのようにお持ちですか?
恐らくですが、少しネガティブなイメージを持っている方も多いのではないかと思っています。

しかし子どもを育てるには(だけでなく、高齢者の孤立を防ぐなども含めて)こう言った「お節介」な存在というのは必ず必要なのです。

近所の子どもが悪いことをしたら叱る。
浮かない顔していたら声をかける。
嬉しいことがあったら共に喜ぶ。

そんな存在がきっと子どもの心を豊かに育ててくれるはず。
人間の人間たる所以は社会活動であり、社会活動の基本とは他者との関係性である。お節介というのは関係性の産物であり、お節介が盛んな地域というのは人と人との関係性が深い地域なのでしょう。

僕はこうした関係性を地域内にデザインしていきたい。
「子どもを地域で育てる」
これが僕の現在取り組みたいと思っていることであるのです。

ソーシャル・キャピタルの充実には公的資金を注ぎ込むようなハードとしての対策だけでなく、同じ社会で生きる僕らの理解を広めると言ったソフトの対策も不可欠。

子どもの生まれ持った環境に関係なく、地域の大人が協力して環境を整備していけば、その子の将来の健康や学力などを含めた、幸せに気づける豊かな人生を送る支援をすることだって、少しはできるはずだと思っているのです。

長くなりましたが、言いたいことをまとめると

・近所付き合いのような地域の繋がりが、子育てのしやすさに影響する。

・子育てのしやすさは、母親の心理的負担に影響する。

そして
・地域の繋がりや母親の心理状態は、子どもの愛着形成に深く関わるのではないでしょうか。

それが非認知能力となり、将来の健康や収入につながっていく。

子どもを地域で育てる古き良き時代の日本の文化を少しずつ取り戻すだけでも、健全に笑顔で過ごせる子どもたちは増えていくのではないだろうか。

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