【東大】早生まれは不利?〜デメリットと解決方法について〜【プロ野球選手】

こんにちは。早生まれのささやんです。

いきなりですが、皆さん「東大生は4月生まれが多く、早生まれが少ない」というような話を聞いたことはありますか?

なぜいきなりこんな話をしたのかというと、先日こんなツイートを拝見しました。

元の論文はコチラ

僕も早生まれですし、こういったデータは以前から関心のあったテーマでもあったので、興味深く読ませていただきました。今回はこのツイートの中身も含めて、早生まれにデメリットが多いという構造を改めて見つめ直し、この社会で早生まれの子が活躍できるためにはどうすればいいか?そんなことを考えるきっかけになればと思います。

 

早生まれは不利?

早生まれは不利だという話を皆さんは聞いたことがありますか?

僕がこの類の話を知ったきっかけは、数年前に読んだコチラの記事がきっかけでした。筆者は東京農業大学准教授の勝亦先生。

早生まれ野球少年のドロップアウトはなぜ起こるのか?

 

この記事を要約すると・・・

・小学生からプロまで5000人の野球選手の生まれ月を調査
・小学生では生まれ月による野球人口の割合の差はなかった。
・中学、高校になるにつれて、早生まれの割合が減少。4〜6月生まれ、7〜9月生まれの割合が増加
・小学生ではピッチャーの生まれ月が4~6月生まれが33.8%、1~3月生まれが21.3%と偏りがみられた。
・小学生の選抜チームに選ばれる割合は4~6月生まれは全体の56.1%であり、1~3月生まれは4.2%であった。

ちなみに記事内の冒頭にもちょろっと書かれていますが、プロ野球選手には4月生まれが多いということが統計的に分かっています。(1965年から1997年のデータでは、プロ野球選手の生まれ月が4月〜6月では34%、1月〜3月生まれは15%とのこと。出典はコチラ)

これらの数字から何が考えられますか?

紹介した勝亦先生の記事内にも書かれていますが、小学生の選抜チームには4〜6月生まれの子が多いということですが、これはやはり体格の差や運動機能の差があるため、どうしても「その時点での強いチーム」にするには、身体の発達が早い4月〜6月生まれの子を選ぶのでしょう。

みなさん分かると思いますが、年齢が低ければ低いほど、4月生まれと3月生まれでは発達のスピードが同じだという前提で考えると、ある時点での差があるのは当然のことですよね。

選抜チームに選ばれた子が運動能力で優れているわけではありません。しかし相対的にある時点で見た場合においては、どうしても差があるというだけなのです。

つまり「その時点での強いチームを作る」という都合に振り回されて、早生まれの子は選抜チームなどに選ばれにくかったり、ピッチャーのポジションをさせてもらいにくいなどの差が生まれてしまいます。

このような経験を経て、子どもたちには様々な影響があるでしょう。
その際たるものは「自信≒自己肯定感≒自己効力感」の喪失ではないでしょうか?

子どもの頃の「ピッチャー」とか「選抜チーム」という経験は自信に繋がるでしょう。そうでなくても、試合に出れるか出れないかというのは、子どもにとっての自己肯定感や自己効力感に大きな影響を与えると思います。

「みんなと同じように練習を頑張っているのに試合に出れない自分は才能がないのかな」
「どんなに頑張っても体格や運動神経で勝てないから試合には出れないだろうな」

試合に出れないことでそのような気持ちが芽生えてしまい、中学や高校へとステージが上がるにつれて、早生まれの子の競技人口が相対的に減っていってしまうのではないでしょうか。

 

なぜ早生まれの問題は一生続くのか?

自己肯定感や自己効力感との関係というのは、あくまでも僕の考察ですが、今回冒頭で紹介したツイートの内容を要約すると以下のようなことが書かれています。

・認知能力の差は学年が上がるにつれて縮小する
・非認知能力の差は学年が上がっても差が埋まらない
・入学した高校の偏差値の差は3月生まれと4月生まれで4.5も違う
・早生まれの子どもほど、学校外での学習時間や通塾率が高い
・早生まれの子どもほど人間関係の構築がうまくいっていないと回答が多い
・早生まれの子どもほどスポーツの参加率が低い
・早生まれの人の方が30-34歳時点での所得が4%低い

ここに書かれているように、なんと早生まれの人は30-34歳時点での所得が低いというような統計的なデータも出ているとのこと。そして非認知能力が低い状態が続いているということです。

非認知能力についてはこれまでの記事(非認知能力は健康格差を解消するキーになるのか)に掲載しているので割愛しますが、先ほど記載したような「自信」とか「自己肯定感」とか「自己効力感」というのが、まさに非認知能力そのものを構成する要素です。

小学生の時点でも生まれ月によって様々な経験の差があることが野球少年の統計からも報告されていましたが、未就学の幼児期においてはその差はさらに顕著なのではないでしょうか?

幼稚園の運動会での徒競走や鉄棒、縄跳びなどは、4月生まれの子と3月生まれの子とでは本当に一年近い差があります。早生まれの子は時期的にもまだまだ上手くできないことも多々あるはずですが、クラスの中には余裕で出来るようになっている子もいることでしょう。そこに足並み揃えるような教育をしているから、まだ上手くできない子は自信や自己肯定感を失ってしまうこともあるでしょう。

生まれ月によって幼少期の経験に差が生じてしまうと、それによって生じた非認知能力の差は大人になるまで影響が残りやすいものです。学力などの認知能力はその後の努力によって差が埋まりやすいけれど、非認知能力は差が残りやすいと考えられています。

非認知能力というのはその人のパーソナリティに近いものであり、人格を形成する中心的な要素であると考えられます。「自信」とか「自己肯定感」とか「自己効力感」というような、いわば性格と呼ばれるものに近いパーソナリティを変えるのは容易いものではありません。「三つ子の魂百まで」という言葉があるように、幼少期に形成されたパーソナリティを変えていくには、本人の意思や周囲の環境などがそれに見合ったものでなければ難しいことだと思うのです。

 

早生まれの子との関わり

ここまでの記事を読んでしまうと、「どうしよう。うちの子は早生まれだ」とか「出産予定日が3月だけど大丈夫だろうか・・・」と不安に思ってしまう人もいるかもしれません。

ここで大切なことを整理していきましょう。

生まれ月によって子どもの発達に絶対的な差が出るわけではありません。しかし現在の社会制度や部活動の勝利至上主義などの影響を受け、相対的に発達が遅くなってしまっている早生まれの子は自信が失われやすい環境であることは一つ言えてしまうのだと思います。

本当はもっと社会制度として、生まれ月による差が生じないような社会にしたり(入試制度のあり方など)、また大人が目の前の勝利に囚われることなく、子どもたちに平等にチャンスを与えていくような教育を普及させる必要があるのでしょう。

なかなか理解のある大人が増えていくのに時間も必要でしょうし、すぐに変わらないかもしれません。だけど、そんな中でも身近にいる親であったり理解ある大人が、子どもたちと適切な関わりを持つことがとても大切になると思うのです。

子どもが試合に出れない時に、どう声かけをするのか?
かけっこで遅れをとった時に、どんな関わりを持つのか?

正解とされる模範解答などありませんが、少なくとも子どもの存在自体を全て受け入れて、そのままのその子を認めるというスタンスは自己肯定感を育むために必要だと思うのです。

「試合に出れないのは努力が足りないからだ」とか「もっと頑張ればかけっこで勝てるんじゃないのか」といった態度をいきなり示すのではなく、まずはその子の努力であったり在り方を認めて受け入れること。

その上で「じゃあどうするか?」を一緒に考えていくことが大切なのではないかと思います。

僕自身も早生まれで、幼少期は身体も小さい方でした。
ミニバスでも自分に自信を持ってプレーすることが苦手な選手でした。

その自信のなさというのは、現在もなおあると思います(早生まれのせいだとは思いませんが、なぜ自信が持てない性格なのかは自分でもよく分かりません)

きっと幼少期からの様々な経験が今の自分のパーソナリティを作ってしまっている側面はあるのだと思いますが、まぁもう大人だし、前を向いて「なりたい自分」になれるように意識的に行動するのみです。

 

最後は僕自身の話になってしまいましたが、とにかく「早生まれ」というだけで社会的に不利な状況に置かれるというのはやはり理不尽だなぁと思います。子どもが自信を失わないような関わりや環境を、私たち大人が一人ひとり考えていく必要があるのではないかと思うのです。

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