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どんな社会を目指しているのか

健康とは何なのか?

10年前、医療の世界に足を踏み入れた時には「目の前の人の身体を楽にできるようになりたい」「痛みで困っている人の痛みを取り除いてあげたい」そんな想いを胸に秘めていた。身体をしっかり診て治療できれば痛みを解消できる。痛みを解消できれば「その人らしい健康な生活」を取り戻せる。だから自分は治療家になりたい。人の役に立てるし、どんな時代になっても腕が良ければ需要はあるだろう。そんな風に思っていた。
しかし人間の複雑さというものを日に日に感じるようになった。症状に影響するものはもはや関節や筋肉だけではない。栄養も関係するから栄養の勉強もしなければ・・・電磁波も影響する。化学物質も影響する・・・だからそう言ったものをできる限り避けることが、身体を健康に保つのに大切である。
自分の志向を広く向ければ、そんな情報も多く聞くようになった。だけど何か違和感を感じた。「それって果たして健康なのか?」と。そもそも健康とは何なのか?肉体的に病気でない状態が健康なのか?病気を抱える人は健康でないのか?いちいち細かいことを気にして、食べたいものを我慢して日々健康のために運動を続け、何事にも神経質に過ごすことが果たして健康なのか?
WHOの定義で健康とは

健康とは、病気でないとか弱っていないということではなく、肉体的にも精神的にも、そして社会的にもすべてが満たされた状態にあること(日本WHO協会訳)

と述べられています。少し抽象的な表現であるけれど、それは個人個人によって「満たされた」の基準が異なるから抽象的になるのであり、その個々の「満たされた」を別の表現に言い換えると「自分らしい」ということになるのではないかと考えた。
たとえ障害を抱えていようと、病気を抱えていようと、自分が「自分らしい人生」を主体的に歩めれば、それは健康と言えるだろう。そう考えるようになった。そして、

「自分が自分らしく生きやすい社会」を創造するということを目指して、自分にできることを取り組んでいきたい!そう考えるようになった。
ではそもそも「自分らしさ」とはなんなんだ!?という疑問も生じると思いますが、それに関する現時点での僕の考えをここからは少し書かせていただきたいと思います。

自分らしさとは何か?

人間という個体は確固たる存在ではなく、生命現象であると僕は考えています。この世に生まれる時も必ず単独の力で生まれてくるわけではなく、父親と母親という存在から生まれてきます。そして父親と母親の遺伝子を受け取り、顔立ちや声、血液型など先天的な要素を持ち、「確固たる個人」としてこの世に存在するように思えます。
しかし人は現象として生かされている存在とも言えます。例えば酸素という物質を身体に取り込み、食物から栄養素を消化器官から取り込んで代謝しなければ生命を保つことはできません。肉体的側面のみを見ても、体内での化学反応によって生じた現象としての肉体であり、生命であると考えられます。
また「個性」と呼ばれるそれの多くも、後天的に関係性の中で生じるものであると思うのです。例えば「人格」というのは「対人関係」「社会との関係性」によって育まれ形成されていくものなのではないかと。前野隆司さんが提唱する受動意識仮説というものは、「意識」さえも現象であるというもの。つまりそれは関係性が「意識」を作り、「人格」を作り、「人間」を作るのではないかということではないでしょうか。

そう考えると「自分らしさ」というのも関係性の中で生じる現象であり、「確固たる自分」という存在を想定した「自分らしさ」というのは単なる幻想なのではないかと思うのです。
「自分らしく生きる」というのは「確固たる自分らしさ」を追求することではなく、その時その状況と向き合いながら主体的に生きていくことなのではないかと考えます。

「自分が自分らしく生きやすい社会」を創造するというのは、主に社会環境を整備していくということです。上述したように「自分らしさ」というのは個人だけの問題ではないと考えています。個人と関係する社会・環境の問題でもあるのです。
病気を抱えていても、金銭的な問題を抱えていても、家庭環境の問題があっても、ほんのひとときの安らぎをもたらすことのできる環境を。そんな社会を創っていきたいと考えています。

 

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